December 22, 2016

クリスマスカフェ

クリスマスカフェ、やっていますヾ(≧∇≦).

誰かと話したい方,誰かに話したい方,いいえ,話せないけれどそっと寄り添いたい方,お茶でも飲みながら時間を過ごしてみませんか.

コーヒー,紅茶, そして今日はシュトーレンを準備してお待ちしています.

平日2時-4時
#秋田 #秋田市 #クリスマス


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November 12, 2016

2016年11月13日の主日礼拝のお知らせ

15085742_1673081686315557_4947666634522211135_n2016年11月13日の主日礼拝のお知らせです.

午後2時から大川従道 牧師 が「おびただしい群の応援団」と題してヘブル人への手紙 12章1~7節からメッセージを取り次がれます.
この礼拝は11月13日大和カルバリーチャペルで行われる第三礼拝のパブリックビューイングです.

また,午後3時30分から4時30分までティー・タイム.気軽にお茶とおやつと会話の時間です.あなたを歓迎します.

神様はあなたを愛しておられます.
教会にはあなたのくつろげるスペースがあります.

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July 16, 2013

【読書メモ】知識と体験

アンドリュー・マ-レー師の名著『神を待ち望め』を通読中。その中のメモから

例えば、不眠症の方がいくら眠りのメカニズムについての知識を増やしても、不眠症が治るわけではない。
拒食症の方が、食物の重要性や消化、栄養吸収の知識を増やしても、拒食症が治るわけではない。

必要なのは「眠る」という行動であり、「食べる」という行動である。
そして、眠りや食物、消化や栄養吸収についての知識は、「眠る」「食べる」という行動を助けてくれるかもしれない。

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June 13, 2013

人間と言葉(3)

神は言葉により光を産み出され、言葉により癒しをされた。

神にとって言葉は現実なのだ。

そして、神の言葉である聖書の言葉で命を救われた人は古今東西、数え切れないほどであることは誰しもが認めることだろう。

なぜ、このようにわたしたち人間は言葉によって力を受け(たり、時には力を失ったりす)るのだろう。

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June 12, 2013

人間と言葉(2)

006(承前)
聖書を読んでみる。
ヨハネによる福音書は次の言葉によって始まる。

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 この言は初めに神と共にあった。 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。 この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。 光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。

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June 11, 2013

人間と言葉

005 「人間と言葉」でgoogle検索をかけると約 103,000,000 件がヒットした(2013年6月10日現在)。

結構、多くの人が興味を持つ話題なのかもしれない。

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June 15, 2010

心に思うことがものの見方を決定し、行動を導く

Img_20090915t003004312_2左の図は有名な美女と老婆の絵です。あなたはどちらが見えますか? あまりにも有名な絵ですから、意識のスイッチを切り変えることで、両方が見える人も多いと思います。

でも、ぼや~っと眺めているとやっぱり、どちらかに固定して見えませんか?

この絵は単なる絵です。白い紙に黒いインクで書かれた図形。デジタルでは0と1とで表現できる情報の集合。でも、私たちはそうは見ない。多くの人はこの絵に振り返っている美女か、うつむき加減の老婆を見る。

そして、おそらく最初に見た印象で、美女が見えるか、老婆が見えるかが決まる。その印象は、それぞれの方々の今までの体験・経験、生きてきた歴史に基づく脳内に蓄積された情報によって決まるのではないか? そういった蓄積された情報は目には見えない、はっきりと言葉にあらわすことも難しい。でも、確実に私たちの考え方、ものの見方、そして行動を支配する。

このように考え方やもの見方のベースとなるものを「パラダイム」という。パラダイムは普通意識されず、無批判に内包している。私たちは世界を客観的にあるがままに眺めているようであっても、実は私たちのあるがままに(パラダイムによって、条件づけされたままに)世界を見ている。パラダイムというレンズを通して世界を眺めている。

じゃぁ、現実を客観的に理解するためにはどうすれば良いか。それには、一般的にはまず他者を理解すること、その上で自分を理解してもらうことが必要になる。そのためにコミュニケーションが必要であり、他者の意見を聞くことで、自分のパラダイムと他者のパラダイム間のすり合わせを行う。

キリスト教会的にいえば、"change of mind", メタノイア、日本語では「悔い改め」を行うことだろう。
「悔い改め」というと懴悔のようなイメージがあるし、その面は否定できないけれど、大切なことは「向きを変えること」や「思いを変えること」にある。自分中心の生き方や考え方から神中心の生き方や考え方に思考のベース-パラダイム-を変えましょう、ということだ。

\footnote{仕事で Stephan R. Covey の『7つの習慣』を読んでいます。そこから啓発されたことを書きました}

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May 26, 2005

水子供養

2005年5月8日の大和カルバリーチャペルの礼拝で、水子-中絶-の話題に触れていました。

現在の日本で中絶件数は100万件を越えるだろう、とのこと。日本では昔から「間引き」とか「口減らし」と言って、中絶に寛容な文化背景がある。しかし、あきらかに中絶は母体の心と身体に負担をかけていることに間違いはないだろう。

新聞の折り込み広告にも水子供養に関するものがいつも入ってくる。しかもほとんどが脅迫調。しかし、牧師は言いました。水子が祟ることはありません。赤ちゃんは確実に天国へ行っていることでしょう。

しかし、中絶は(法的な)犯罪(crime)では無いにしても、(道徳的な)罪(sin)でしょう。だからこそ、中絶した方々に心の負担がつきまとうのではないでしょうか。しかし、その負担から解放される道があります。イエス・キリストはそのような方々のためにも十字架におかかりになられたのです。赤ちゃんは確実に天国へ行っています。あなたも罪(sin)を認め、イエス・キリストの赦しをいただき、心に平安のある人生を見いだしてください。

お悩みの方は大和カルバリーチャペル小さないのちを守る会にお尋ねください。プライバシーは守られます。あなたを責めることはありません。

この小文に目を通してくださった方の祝福を祈ります。

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